「訊く」補足

前回の記事の簡易版、兼補足、兼回答です*1


まず、タイトルから「『訊く』って間違ってるの?」と思った人に。

あれはインパクト重視でつけた短いタイトルなので、誤解があったら申し訳ありません。

本文に書いた通り、「『聞く』と『訊く』は使い分けるのが正しい」というのが誤解ということです。


それから、「結局何が正しいの?」となった人に。

  • 漢字の訓読みに正解はありません*2
  • あるのは、「どれだけの人が*3どう使ってきたか」だけです。そういう意味では、"ask" の「きく」を表すのにはこれまで「聞く」「訊く」ともに使われていて、今までの主流は「聞く」です。

「訊く」を使う理由はいくつかあると思いますが、それぞれについて。

  • 「『訊く』のほうが正しいから」: そんな根拠はありません。
  • 「『訊く』のほうがいいから」: どういう意味で? ということで、詳しくは前回の記事を読んでみてください。
  • 「『訊く』のほうが好きだから」: いいと思います。


どう使い分ければいいの? という人に。

基本的には好みなので、好きなほうを使えばいいと思います。ただし、これまでの使われ方による印象の違いがあります。

これまでの使われ方というのは、次のようなものだと思います。*4

  • 基本的には「聞く」です。次のような場合に「訊く」が使われています。
    • 特に小説家が、文体として。これが多いと思います。
    • 翻訳文で、「たずねる」という意味を明確にするため。もともと訳者の文体なのか区別がつきにくいのですが、こういう話を目にすることはあります。
    • 普通にたずねる時は「聞く」で、厳しく取り調べる時には「訊く」を使うというもの。これも話としては読んだことがあるのですが、実践している人というのは多くないように思います。

ただ、ネットで初めて「訊く」を目にした人が知恵袋で質問して、「そっか、『たずねる』という意味では『訊く』が実は正しかったんだ!」と考えるのは誤解だということです。


「本当に広まっているの?」という人に。

もちろん、現実には少数派だと思います。

私も、リアル友達にこんな話をしたら「ハァ?」と思われそうなのでできません。

ただ、Twitter などの SNS にはそういうクラスタがあるように見えます。


「個人的に嫌いなだけじゃねぇか」という意見について。

書いた動機はそこですが、一応そこから発展させているので、そちらについてコメントしていただけたほうが建設的になるかと。

また、「嫌い」という点についても、それは「実は正しかった」となることに対してであって、「訊く」そのものではありません。


以下は、「訊く」という表記について に対してです。

"ask" の意味で「訊く」という表記が用いられるようになったのは、明治後期以降のことである。(少なくとも、「近年」ではないことはわかった。)

ここがちょっとひっかかったので、前回の記事の一部から引用します。

じゃあ「訊く」は? というと、もちろん傍流としてはずっと続いている。

たとえば青空文庫で「と聞くと」と「と訊くと」を検索してみると、どういう人がどちらを使っているかを見ることができる。

もちろん私自身も検索結果を見ているので、「訊く」が最近出てきたものであると認識しているわけではないことは理解いただけると思います*5

そして、前回の末尾で引用したものを再度引用します。

近年「聞く」「訊く」の使い分けを説く人が多くなった結果かも知れませんが、「お巡りさんに道を訊く」というような表記がされるとしたら、私ははついて行けません。

「近年」は「使い分けを説く人が多くなった」にかかっています。

「使い分けを説く人」というのは、知恵袋で「"ask" は『訊く』で "hear" は『聞く』だよ」と答えるような人です。

本当に「多くなった」のかどうかはわかりませんが、私はこの方と同じように思ったので、「同じ感覚だ」と言ったわけです。


「訊く」がどの時期にどれだけ使われたか、どのような使われ方をしていたかというのは興味深いところなので、書いていただけるのであれば楽しみにしています。

*1:ですます調にしたことに大した意味はありません。

*2:常用漢字表は「目安」です。

*3:少ないものとしては「問(き)く」や「尋(き)く」などもあります。

*4:主観が入ります。

*5:ただ、夏目漱石が後期に「訊く」派になっていたことには気づきませんでした。