緊縮財政と新型コロナ

まず、「緊縮派」「反緊縮派」というゼロイチ思考は悪い、と言っておきます。

というのは、ちょっと考えたらわかることですが、政府のGDP比債務残高が0%(無借金)の状態で、「国債を発行してはいけない」と言う人はいないわけです。

また、GDP比で400%まで行っても大丈夫、と言う人もまあいないでしょう。

そう考えると、それぞれの論者にあるのは「ここまで(200%、250%…)なら国債を発行しても大丈夫」というラインであって、現状がそれを下回っていたら反緊縮派、それを上回っていたら緊縮派となるわけです。

あなたのラインは何%ですか?


私のラインは…

「経済学者じゃないのでわかりません」。

無知の知、大切ですよ。


ちなみに、「自国通貨だからいくら借金してもデフォルトは起こさない」という意見に対して。

終戦前もGDP比で200%ぐらいの債務残高があったのですが、これは財産税とか、戦時補償請求権に対して100%課税するとかの無茶なことをやって、それからインフレで実質ほぼチャラになりました。

デフォルトしない要因は「自国通貨だから」というのもありますが、「自国民に対する債務だから」というのもあるでしょうね。

自国民に対する債務は、適当に形式を整えれば踏み倒せるということです。

(もちろん、踏み倒すと経済はめちゃくちゃにはなりますが、形式上デフォルトではありません)


で、新型コロナ対策ですが。

これは、「財政にかかわらずやるべき」です。


新型コロナというのは、そのまま放置すると都市のロックダウンに至ります。

「経済が大事だからロックダウンなんてするな」という威勢のいい考え方の人もいるかもしれませんが、いざ死体の山ができてみると、集団としての人間はそういう考えを貫き通すことはできません。


takeda25.hatenablog.jp



しかし、東京をロックダウンするとなると、当然、ものすごい経済損失が発生します。

そうなる前に、外国帰りの人や濃厚接触者を追跡し、自宅や宿泊施設で確実に待機させるといった対策を取って指数的増加を抑え込むことができたら、それは何十倍・何百倍にもなって返ってくる投資と言えるでしょう。

台湾や韓国がやっていることです。

ここでお金を惜しんではいけません。

これは、「確実に何倍にもなって返ってくる投資」だからです。


あなたに借金が1000万円ある(手持ちのお金はいくらかある)とします。

そこにドラえもんが来て、「この箱に10万円入れると100万円になって出てくるよ*1」と言います。

あなたは「いや、借金が1000万円あるから10万円なんて出せないよ」と言うでしょうか?


マイナスを減らすかプラスを増やすかという違いはありますが、同じことです。

マイナスとプラスを現実に合わせた書き方をすると、借金が900万円あるところに「10万円入れないと強制的に100万円取られる箱」を出されるようなもの、となります。


まあ、これはロックダウン以外の方法で指数的増加が抑えられるという状況での話でした。

もう遅いかもしれませんね。


*1:一回しか使えないとします。

志村けんのパラドックス


このツイートと、

森岡正博 on Twitter: "みんな冷静に計算してほしいけど、東京都の新コロナ感染者数は現在171人。東京から無作為に200人をピックアップしたときに、その中に超有名人の志村けん氏が入ってる確率ってどのくらいだと思う? 現在の感染拡大ペースは我々の想像をはるかに超えてるよ。桁違いの感染者数になってるよ。"

ブコメがひどい。水曜日のダウンタウンとやらによれば志村けんは日本の知名度ランキング15位。そんな人が感染してるなら、実際の感染者は200人よりはるかに多いのでは、という推論が、そんなに変か?

2020/03/27 01:07
b.hatena.ne.jp


このブコメの話です。


結論から言うと、「例の哲学者の人の推論は間違っていない」「例の哲学者の人の前提が間違っている(と私は考える)」というものです。

以下、荒唐無稽な例をいろいろ挙げながら考えていきます。

ついて来れるかな?


ある日、宇宙人が来て、「一切の活動をやめろ。家にこもって部屋でテレビだけ見ておけ」と日本人に命令したとします*1

テレビ以外の情報は遮断され、ネットもできません。

100人のテレビの出演者だけは活動を許されています。


次に宇宙人は、「夜中にそれぞれの日本人について10万分の1の確率のくじを引き、当たった人間を殺す」と言います。

そして、次の日。

テレビを見ると志村けんがいません。

夜中の殺戮で殺されたとのことです。

さて、あなたは「この宇宙人は本当のことを言っているんだろうか」と心配にならないでしょうか。


そこに善意の第三者の宇宙人が来て、星を襲う宇宙人のタイプについて教えてくれました。

「こういう行動をする宇宙人にはタイプAとタイプBがいて、タイプAは殺す確率を正直に答えてくれる。タイプBは確率を1/100に偽る。タイプAとタイプBは同数いて、どちらに襲われるかは半々の確率だ」

なるほど、志村けんが殺される前の段階では、日本*2を襲った宇宙人がタイプAである確率は50%、タイプBである確率も50%だったわけです。

では、「芸能人が一人殺された」という情報を知った時点で、この宇宙人がタイプAである確率とタイプBである確率は、どう判断するのがいいでしょうか。


タイプAの場合、芸能人がちょうど一人殺される確率というのは、100 * (1/100000) * (99999/100000) ^ 99 = 0.00099901..と、ほぼ0.001の確率になります。

タイプBの場合、つまり、くじの確率が実際は1/1000であった場合、その確率は、100 * (1/1000) * (999/1000) ^ 99 = 0.09056.. と、約0.09になります。


ここで、同じ条件で宇宙人Aに襲われた星が10万個、宇宙人Bに襲われた星が10万個あるとします。

すると、宇宙人Aに襲われたほうでは100個ぐらいの星で一人の芸能人が殺されていて、宇宙人Bに襲われたほうでは9000個ぐらいの星で一人の芸能人が殺されていることになります。

さて、地球はどちらでしょうか?


こう考えると、宇宙人Aに襲われたという確率は100/9100=1/91、宇宙人Bに襲われたという確率は9000/9100=90/91となります。


ここにまた善意の第三者の宇宙人が来て、「薬Xを使ったらタイプAの宇宙人が100%の確率で死ぬ。薬Yを使ったらタイプBの宇宙人が5%の確率で死ぬ。いま地球を襲っている宇宙人にどちらかひとつだけ使う機会をやる。どちらにする?」と聞いてきたとします。

どちらを選ぶのが賢明でしょうか。

もちろん、薬Yですね。


とまあ、こういう具合に、こういう荒唐無稽な例では「芸能人がやられた」ことが意味を持つわけです。

では、現実とは何が違うのでしょうか。


まずは、身も蓋もない話ですが、「我々はタイプAの宇宙人とタイプBの宇宙人のどちらかに半々の確率で襲われているわけではない」という点です。

これを掘り下げると、「我々は政府が正直に感染者数を伝える確率を高く見積もっている」ということになります。


元々の正直度の見積もりが低い場合について考えてみます。

例えば、中国でまた新たな感染症が流行って、中国政府が感染者の数を1万人と発表したとします。

また同時に、中国で15位の知名度を持つ有名人が感染していることが伝えられたとします。

さて、みなさんは中国政府の発表を信用できるでしょうか?

この場合、元々中国政府の正直度を低く見積もっている人は、「実際は中国政府は嘘をついていて、感染者はもっといるはずだ」と思いやすいでしょう。


ここで、「中国政府を信用していない人はどんな発表でも信じないんじゃないか」と考える人がいるかもしれません。

でも、仮に中国政府が「感染者は7億人だ」と発表していて、また有名人も半分ぐらい感染しているという場合、それは中国政府の発表を疑う根拠になりにくいですよね。


そもそも、有名人と一般人は何が違うのか、というところに遡って考えてみましょう。

重要な違いは、「感染していたとしたら、その事実を隠蔽しにくい」という点*3です。

だから、志村けん(という有名人の一人)が感染していたという事実は、元々政府をあまり信用していない人にとっては、「政府は本当のことを言っている」というシナリオよりも、「政府は嘘を言っていて、感染者数はもっと多いが隠蔽されていて、有名人については隠しきれないので情報が出てきている」というシナリオが説得力を持つ根拠になるのです。


宇宙人の荒唐無稽な例と現実との間には、他にも重要な違いがあります。

そのひとつは、「コロナウイルス感染はランダムなくじではない」という当たり前の事実です。


志村けんさんは夜遊びが好きだということです。

夜遊びというのは、まあ普通に考えると接客する女性との濃厚接触がある場でしょうね。

そういう場では、接客する女性は他のいろいろな男性とも濃厚接触しているわけです。

そういうわけで、志村けんさんのケースは「芸能人の財力で有料ガチャに重課金していた人が超レアキャラを引き当てた」という程度に納得感のあるものではないでしょうか。


というわけで、例の哲学者の人が

  • この病気は誰でも平等にかかるものだ
  • 政府は感染者数を隠蔽しているかもしれない
  • 政府は有名人の感染については隠蔽できないだろう

という前提を持っているのであれば、志村けんさんの感染によって彼が「政府は感染者数を隠蔽しているんだろう」という確信を深めるのは、確率の考え方としては、完全に理にかなったことです。


有効な反論は、それらの前提に対する

  • 志村けんは特別に感染確率が高かったんだろう
  • 政府が感染者数を隠蔽するなんて無理だろう
  • その気になれば有名人の感染も隠蔽できるだろう

といったものです。

「確率の考え方がおかしい」と思った人は反省してください(上から目線)。


考えるきっかけになったのはこの一連のツイートです。



「こういうのはもともとある他の信念次第で、オルタナティブな説明にどのくらい説得力があるかが決まる」というのが本質を突いていると思います。


例えば、志村けんさんの家に隕石が落ちた、という話であれば、それがいくらありえなさそうに思えても、まあ偶然でしょ、という話になると思います。

それは、我々が知る宇宙というのが、有名人を選んで隕石が落ちてくるようなものではなく、また隕石が落ちてくる頻度について政府が偽っているということも考えにくいからです。


でも仮に、ホワイトハウス習近平主席の住居・安倍総理の住居、という順番に隕石が落ちてきたとしたら、宇宙人から電波か何かでメッセージが届いていないか調べてみてもいいかもしれません。

いくら「宇宙人が意図的に隕石を落としている」というシナリオに説得力がなくても、その状況ではそのシナリオの説得力がぐんと上がることになるので。



新型コロナウイルスについては、これまでにも次のような記事を書いていますので、こちらもよろしくお願いします。

takeda25.hatenablog.jp

takeda25.hatenablog.jp

*1:食べ物とかは何とかしてくれるとします。

*2:星を襲うという話ですが、面倒なので地球には日本しかないことにします。

*3:これが事実かどうかは置いておきます。私としては、政府がその気になったら有名人でも隠蔽できるような気もしますが。

1か月前のミラノ

1か月前のイタリアで、"#milanononsiferma" (ミラノは止まらない*1)という動画とタグが流行りました。
 
www.youtube.com

「奇跡を起こそう、毎日」「なぜなら恐れないから」といったことが書いてあります。

イタリア語が読めなくても雰囲気は伝わるとは思います。

なんとこの動画は、ミラノ市長にもシェアされていました。


その当時のミラノの感染者数は400人ほど。

休校・公的施設閉鎖・営業制限などが行われていたそうです。


このビデオは、「コロナなんかに負けずに経済を回していこう」という気持ちで作られたのかもしれません。

しかし、その1か月後のミラノ、ひいてはイタリアがどうなっているかはみなさんご存じの通りです。


そして、現在の東京です。

これは対数グラフなので、一直線ということは、10倍・100倍・1000倍というペースで増えているということです。


未来のことは普通はわからないものですが、今この瞬間は、誰でも未来予知者です。

潜伏期間もあるので、1か月後には確実にこの線に沿って感染者が増えているはずです。

そのころには、今よりさらに厳しい対策が取られているでしょう。


しかし、どうしても思わずにはいられません。

「1か月後の対策をいま取ることはできないんだろうか?」と。


イタリアやスペイン・フランスでやっているような極端な対策は、いま実行すると「納得感」が得られないかもしれません。

実際に死体の山が積み上がって初めて、「これほどの惨状ならしょうがないか」と思ってもらえるのかもしれません。


でも、私たちは「タイムテレビ」を持っています。

このままゆるい対策を取り続けた場合の未来は見えています。


何か、いま以上にできることはないんでしょうか。

例えば、現状では帰国者や症状のない濃厚接触者には自宅待機をしてもらっているそうですが、一人あたり何十万円・何百万円をかけても、確実に感染が起こらないホテル的な施設で過ごしてもらうとか。(素人考えですが)

いまここでかける1円は、何百円・何千円にもなって返ってくるんじゃないでしょうか。*2

現状で、本当に命懸けで、「実効再生産数を下げるためなら何でもやる」という対策が取られているんでしょうか。


私にできることはあまりありませんが、ブログ記事を書くだけでも、少しは助けになると思っています。

ネット上の流行は、現実に影響を及ぼします。

"#milanononsiferma" が(おそらくマイナスに)影響を及ぼしたように。


これを読んだ人も、「1か月後の対策をいま取ることはできないんだろうか?」という疑問を、何らかの形で広めていってください。

そうすれば、それはウイルスのように広がるはずです。


次の記事もご覧ください。

takeda25.hatenablog.jp

*1:指摘により修正。

*2:このあたりは推測です。専門家の意見を知りたいところです。

「対策か、経済か」ではない

新型コロナウイルスについて。

「コロナ*1対策を取るか、それとも経済を取るか」という二項対立の図式をよく見るので、そうではない、という話。

わかっている人はこれ以上読む必要はない。


まず、コロナ対策としては、次の3つの選択肢がある。

1. 封じ込め
2. 緩和
3. 何もしない

2番目は、イギリスがやろうとして方向転換した。

www.bbc.com


イギリスでの試算では、「緩和」を選ぶと、25万人が死ぬという。

もちろん、医療システムは完全に崩壊する。

集団としての人間は、その状態に耐えられない。

あなた個人がいくら冷血で「いくら人が死んでも気にすることはない」と思っていたとしても、いざ死体の山ができて火葬が追いつかないような状態になってみると、あなた以外の多くの人間が「これではだめだ」と思うようになり、結局は「封じ込め」に方針転換せざるを得なくなる。

イタリアもそうなっている。

日本も、そういう状況になったら、確実にそうすることになる。


よって、対策の実際の選択肢は次の3つだ。

  1. 封じ込め
  2. 緩和→死体の山→封じ込め
  3. 何もしない→死体の山→封じ込め

当然、最善は1番目だ。


で、「封じ込め」の方法の話。

これはとにかく、「一人の感染者が平均的に感染させる人数(基本再生産数)」が1未満になるまで、対策を厳しくしていく必要がある。

基本再生産数が1を上回っている間は、指数的に感染者が増え続ける。

(集団免疫ができればその限りではないが、それは「死体の山」コースなので選択肢に入らない)


ここで、「基本再生産数が1未満になるまで対策をすると経済がめちゃくちゃになる」とする。

この場合、それを避けて対策を厳しくするのをためらうと、指数的に感染者が増えて死体の山ができてから対策を厳しくすることになり、結局は経済がめちゃくちゃになる。


つまり、基本再生産数が1を上回っている場合、経済に関しての実際の選択肢は次の2つ。

  1. 感染者が少ないうちに厳しい対策を取り、経済がめちゃくちゃになる
  2. 感染者が増えて死体の山ができてから厳しい対策を取り、経済がめちゃくちゃになる

これも当然、最善は1番だ。


まとめると、我々には「小さい被害+めちゃくちゃになった経済」か、「死体の山+めちゃくちゃになった経済」という選択肢しかない、ということになる。

これは新型コロナウイルスの性質上しょうがない。

世界はもう「新型コロナウイルス後の世界」になってしまっている。

その事実から目をそらそうとしても、「新型コロナウイルス以前の世界」に戻ることはできない。


もちろん、現時点での対策で基本再生産数が1未満になっているなら、いま以上に厳しくすることはない。

そのままコロナの収束を待つだけだ。


幸いなことに、3月9日の専門家会議によると、「実効再生産数は日によって変動はあるものの概ね1程度で推移してい」たそうだ。

forbesjapan.com


今後はどうなるだろうか?

*1:慣習に従って「新型コロナウイルス」のことを適宜「コロナ」と呼ぶ。

「韓国とイタリアは検査しすぎて医療崩壊した」とかいう狂気のデマ

ツイッターでこのミームがウィルスのように広まっているので書いておく。


まず、韓国。

韓国が大変なことになったのは、ちょっとマシな人間なら誰でも把握している通り、「感染者が新天地という新興宗教の礼拝で広めたから」。

31人目の確定診断者が感染させた人数はなんと1160人にものぼる。


ちょっと考えてみよう。

「もし韓国の惨状が検査のしすぎが原因だとしたら、適切な数に検査を抑えていたら状況はマシだったのか?」

その仮定のもとで、事態がどういう経過をたどったかを考えてみよう。


まず、31人目の確定診断者は、礼拝に参加して1160人に広める。

(検査とは関係ないので当たり前)

その後、その1160人からどんどん感染が広まっていく。

適切に検査を行っていれば、感染者を隔離するなどして、だんだん収束に近づいていく。


さて、それに対して現状はどうか。

検査をやりすぎたのかもしれないが、結果としてちゃんと収束に近づいている。


検査をやりすぎたことによって、余分な医療リソースの消費はあったかもしれないが、それによって爆発的に感染が広まっているとかいうことはない。

韓国の場合、31人目の確定診断者が礼拝に行った時点で、何をどうやってもその後のある程度の感染者の増加は運命づけられていた。


さて、イタリア。

イタリアは手がつけられないような大変なことになっているが、それも「検査のしすぎ」が原因ではない。

ちょっと時間を遡って、2/26時点での検査数・陽性率を見てみる。

(リンク先の下のほう)

Coronavirus Testing Criteria and Numbers by Country - Worldometer

この時点で、イタリアは9462件の検査を行い、陽性率は5.0%だ。

そもそも、「検査のしすぎ」という状況ではない。



じゃあ、イタリアはなぜ大変なのかというと、単純に「患者数が多くなりすぎたから」。

今はスペインがこの道をたどりつつある。


一応バカ向けに書いておくと、孫正義氏の思いつきのように「100万人にPCR検査を提供する」とか言うのは、それなりにうまく行っている現状を混乱させるだけの狂気の沙汰だ。

だからといって、逆方向の狂気のデマを広めてもいいということにもならない。

岩田健太郎氏という虎の威を借る形だが、一応釘を刺す意味で書く。

「みんなが不安だからという理由で検査をするのは間違い」だが、どこまで検査するかという意味では、「今の日本以上」が適切だというのが専門家の意見だということを忘れないでほしい。

toyokeizai.net

「女のつらさ」と「イージーモード」——性的資源とコミットメントという観点から

男と女の釣り合い考──「女のつらさ」と「イージーモード」|琥珀色|note

この記事に対する言及です。

(無料のときに読みました)

お金を払ってまで読みたくないという人向けに要約すると「パッとしない女の知り合いがいて、そいつはイケメンに憧れてたんだけど、付き合ってもらうのは無理そうだったから性で誘ってやってもらって喜んでた。女はイージーモードだよな」という感じです。*1


まず、ヒトにおいては、多くの動物の場合と同じく、メスが希少資源だというところはいいでしょうか。

ベイトマンの原理 - Wikipedia

そういえば、「発情するブタを育てたら、ファンを許せるようになった」と言っていたアイドルの人もいましたね。


次に、道徳主義的誤謬と自然主義的誤謬について。


性の話で言うと、自然主義的誤謬というのは「ヒトのオスにメスを追い求める習性があるなら、それを自由に認めるべきだ」で、道徳主義的誤謬は「人間の男女は同じであるべきだ、よって性欲の性差もあるはずがない」とでもなるでしょうか。

言うまでもなくどちらも間違いで、「ヒトのオスには(平均的には)メスよりも強い性欲があるが、他者の権利を尊重するためにそれを抑えなければならない」あたりが妥当なところでしょう。

(ちなみに、昔は「他者」=「他の男性」だったため、他の男の財産である女に手を出すことには厳罰があっても、夫や父親といったよりどころのない女に対してはそうとも限らなかった、だが現代では言うまでもなく「他者」には女も含まれる、といった変化はあります)


さて、オスが求めるのがメスの「性的資源」だとすると、メスが求めるのは「コミットメント」だという話があります。

生存能力の優れたオスが自分と自分の子供に対して安定して(非性)資源を供給してくれることですね。

このあたりは、次の本が面白かったのですが、残念ながら新品はないようです。



ここまでが前置きです。

ここから記事への言及。


現時点でのトップブコメはこれです。

男と女の釣り合い考──「女のつらさ」と「イージーモード」|琥珀色|note

「釣り合いが取れなくてもセフレでいいならイケメンとやれるから女は得」って理屈が全然ピンとこないんだけど。文化の違いを感じる

2020/02/14 12:44
b.hatena.ne.jp


これは、メスが求めるのは「コミットメント」である、ということを考えに入れるとスムーズに理解できます。

メスにとっては、いくら相手の遺伝子が優れていても、コミットメントが得られないなら価値がないんですね。

(ここで、「優れたオスから遺伝子をもらいつつ劣った遺伝子を持つオスからコミットメントを提供してもらう」という戦略があるのですが、脇道になるので深入りしません)


わかりやすいように例を出しましょう。

優れた遺伝子を持つオスとしては(最盛期の)レオナルド・ディカプリオあたりがイメージしやすそうです。

さて、「ディカプリオと関係を持つ」ということは、女性にとってうれしい・名誉なことでしょうか。


これは、「状況による」。

コミットメントゼロの状況を考えてみましょう。

女性が、女友達に対して次のような話をしたとします。

「ディカプリオがお忍びで街を散歩してたから、ファンなんです! って声をかけて、いかにもやりたそうな雰囲気を出したんだけど、そうしたら汚い路地裏に引きずり込んでやってくれたんだ。避妊もせず、1分ぐらいで終わって、ズボンをはいてすぐ行っちゃったけど。」

この女性は女友達からうらやましがられるでしょうか?


まあ、普通はうらやましがられないですよね。

といった感じで、女性にとっては「ゼロコミットメントの性」は価値がないわけです。

(筆者は男性なので、女性からの異論があればお待ちしています)


性別を逆にして考えてみます。

優れた遺伝子を持つメスとしては、具体例を挙げると差し障りがありそうなので、一般的に○年に一度の美人と言われるような人をイメージするのがいいかもしれません。

さて、「そういう人と関係を持つ」ということは、男性にとってうれしい・名誉なことでしょうか。


これは、(女性にとって意外かどうかはわかりませんが)そうです。

男性が男友達に対して、上記の話の人物を入れ替えたような話をしたら、普通はうらやましがられるでしょう。

ただでとんでもなく貴重な資源を得られたという話になるので。


そういうわけで、「イケメンとやれる」というのは、普通の女性にとっては、全然いいことではないので、男性にそれをうらやましがられても困る、となるわけです。

(元記事で言及されている女性のように「いい相手とやれるだけでうれしい」という感性を持っていたら、女性のほうがイージーモードということになりますが、同性の共感はあまり得られないでしょう)


そういうわけで、男と女では「同じゲームをプレイしているように見えて、実際は違うゲームをプレイしている」ので、どちらがイージーモードというのは言いにくいのです。

サッカーのフィールドの選手が、キーパーに対して「ボールがよく回ってくるなんてうらやましい、イージーモードだね」と言うようなものじゃないでしょうか。


性別で他者をうらやんだりすることなく、お互いに尊重していきたいものですね。

*1:ひどい要約ですが、この記事の前提として必要最小限の要約として。

誰でもいい「からこそ」弱い相手を狙うという話

「『誰でもよかった』という犯罪者は実際には弱い相手を選んでいる」みたいなやつあるじゃないですか。

あれ、誰でもいい「からこそ」弱い相手を選ぶんですよ、という話です。

 

ちょっと想像してみましょう。

ある日、宇宙から電波が届いて、あなたに「何でもいいから生き物を殺したい」という強い衝動が生まれたとします。

もう、めっちゃ殺したくて、いても立ってもいられない。

さて、次の二つのうちで選ぶなら、あなたはどうしますか?

 

1. アリを探して踏み潰す

2. 動物園を探してライオンを殺す

 

そりゃ、1ですよね。

生き物なら何でもいいので、簡単なほうを殺すに決まっています。

 

次に、「何でもいいから哺乳類を殺したい」という強い衝動が降ってきたとします。

もう指が震えるぐらい。

さて、次の二つでは、あなたはどちらを選びますか?

 

1. 震える指で「猫 たまり場」と検索して、野良猫を何とか捕まえて殺して、人目を忍んで埋める

2. 通りすがりの人を包丁で刺し殺す

 

その後のことを考えたら、できれば1を選びたいところですよね。

 

そして、あなたは無事に野良猫を殺して、衝動を満たした快感を味わったとします。

無事に社会生活を送れていることに感謝していたら、今度は「誰でもいいから人間を殺したい」という衝動が降ってきてしまいました。

殺しさえすれば、「あの快感」がまた得られる。

あなたはどうしますか?

(良心の呵責から自殺する、とかいうのはここでは考えないことにします)

 

1. 小さな子供かお年寄りを殺す

2. ヤクザの事務所に行って包丁を振り回す

 

まあ、1ですよね。

ヤクザの事務所で包丁を振り回しても、「あの快感」が得られる見込みはほとんどないので。

  


 「衝動」と「理性」は排他的なものではない、どころか、「衝動」を満たすために「理性」を使うなんていうことは、普段いくらでもあります。

カレーの匂いを嗅いで、カレーが食べたくていても立ってもいられなくなった人が、ココイチのクーポンを持っていたことを思い出してココイチに行く、なんていうのもそうですよね。

この場合は満たしても問題ない衝動ですが、「衝動を満たす際に理性を働かせた」イコール「その行動の原動力は衝動ではない」ということにはならないわけです。


 なんで人間はこんな簡単なことがわからないのかというと、それは「処罰感情」ですよね。

「衝動に負けてこんなことをしてしまった」という言い訳を認めたくない、という。

 

じゃあどうすればいいかというと、「衝動に負けたからといっても、罪は罪として相応の応報を受けなければならない」と考えればいいわけです。

「哺乳類殺したい衝動」に負けて猫を殺したとして、それを見つかったら、動物愛護法違反で罪に問われます。

ここで、「冷静に殺しやすい動物を選んだということは理性があったわけで、衝動に駆られたというのは嘘だ」なんていう、衝動か理性かという誤った二者択一をする必要はありません。 


 ところで、「宇宙から電波が届く」とか、荒唐無稽な話でついていけない、という人もいるかもしれません。

さすがにそれはないにしても、次のような話はあります。

 

マイケル・オフトはバージニア州の教師で、以前に精神医学的にも逸脱した行動の経歴はなかった。40歳の時、その行動は突然変わる。彼はマッサージ店を頻繁に利用し、児童ポルノを集め、義理の娘を虐待し始め、すぐに児童性的虐待で有罪判決を受けた。オフトは小児性愛者のための治療プログラムを選択したが、それでもリハビリセンターのスタッフや他の患者に性的好意を求め続けていた。ある神経科医が脳スキャンを勧めたところ、眼窩前頭皮質の基底部に腫瘍が増殖して、脳の右前頭前野を圧迫していたことがわかった。この腫瘍が切除された後、オフトの感情、行動、性行動は正常なものに戻った。しかし、正常な行動は数ヶ月間までしか続かず、オフトは再び児童ポルノの収集を始めた。神経科医は彼の脳を再びスキャンし、腫瘍がまた成長していたことを発見した。2回目の腫瘍摘出手術をした後、オフトの行動は完全に通常のものになった。

神経犯罪学 - Wikipedia

 

こういう話が読みたければ、引用元のこの本がおすすめです。