志村けんのパラドックス
みんな冷静に計算してほしいけど、東京都の新コロナ感染者数は現在171人。東京から無作為に200人をピックアップしたときに、その中に超有名人の志村けん氏が入ってる確率ってどのくらいだと思う? 現在の感染拡大ペースは我々の想像をはるかに超えてるよ。桁違いの感染者数になってるよ。
— 森岡正博 (@Sukuitohananika) 2020年3月25日
このツイートと、
森岡正博 on Twitter: "みんな冷静に計算してほしいけど、東京都の新コロナ感染者数は現在171人。東京から無作為に200人をピックアップしたときに、その中に超有名人の志村けん氏が入ってる確率ってどのくらいだと思う? 現在の感染拡大ペースは我々の想像をはるかに超えてるよ。桁違いの感染者数になってるよ。"b.hatena.ne.jpブコメがひどい。水曜日のダウンタウンとやらによれば志村けんは日本の知名度ランキング15位。そんな人が感染してるなら、実際の感染者は200人よりはるかに多いのでは、という推論が、そんなに変か?
2020/03/27 01:07
このブコメの話です。
結論から言うと、「例の哲学者の人の推論は間違っていない」「例の哲学者の人の前提が間違っている(と私は考える)」というものです。
以下、荒唐無稽な例をいろいろ挙げながら考えていきます。
ついて来れるかな?
ある日、宇宙人が来て、「一切の活動をやめろ。家にこもって部屋でテレビだけ見ておけ」と日本人に命令したとします*1。
テレビ以外の情報は遮断され、ネットもできません。
100人のテレビの出演者だけは活動を許されています。
次に宇宙人は、「夜中にそれぞれの日本人について10万分の1の確率のくじを引き、当たった人間を殺す」と言います。
そして、次の日。
テレビを見ると志村けんがいません。
夜中の殺戮で殺されたとのことです。
さて、あなたは「この宇宙人は本当のことを言っているんだろうか」と心配にならないでしょうか。
そこに善意の第三者の宇宙人が来て、星を襲う宇宙人のタイプについて教えてくれました。
「こういう行動をする宇宙人にはタイプAとタイプBがいて、タイプAは殺す確率を正直に答えてくれる。タイプBは確率を1/100に偽る。タイプAとタイプBは同数いて、どちらに襲われるかは半々の確率だ」
なるほど、志村けんが殺される前の段階では、日本*2を襲った宇宙人がタイプAである確率は50%、タイプBである確率も50%だったわけです。
では、「芸能人が一人殺された」という情報を知った時点で、この宇宙人がタイプAである確率とタイプBである確率は、どう判断するのがいいでしょうか。
タイプAの場合、芸能人がちょうど一人殺される確率というのは、100 * (1/100000) * (99999/100000) ^ 99 = 0.00099901..と、ほぼ0.001の確率になります。
タイプBの場合、つまり、くじの確率が実際は1/1000であった場合、その確率は、100 * (1/1000) * (999/1000) ^ 99 = 0.09056.. と、約0.09になります。
ここで、同じ条件で宇宙人Aに襲われた星が10万個、宇宙人Bに襲われた星が10万個あるとします。
すると、宇宙人Aに襲われたほうでは100個ぐらいの星で一人の芸能人が殺されていて、宇宙人Bに襲われたほうでは9000個ぐらいの星で一人の芸能人が殺されていることになります。
さて、地球はどちらでしょうか?
こう考えると、宇宙人Aに襲われたという確率は100/9100=1/91、宇宙人Bに襲われたという確率は9000/9100=90/91となります。
ここにまた善意の第三者の宇宙人が来て、「薬Xを使ったらタイプAの宇宙人が100%の確率で死ぬ。薬Yを使ったらタイプBの宇宙人が5%の確率で死ぬ。いま地球を襲っている宇宙人にどちらかひとつだけ使う機会をやる。どちらにする?」と聞いてきたとします。
どちらを選ぶのが賢明でしょうか。
もちろん、薬Yですね。
とまあ、こういう具合に、こういう荒唐無稽な例では「芸能人がやられた」ことが意味を持つわけです。
では、現実とは何が違うのでしょうか。
まずは、身も蓋もない話ですが、「我々はタイプAの宇宙人とタイプBの宇宙人のどちらかに半々の確率で襲われているわけではない」という点です。
これを掘り下げると、「我々は政府が正直に感染者数を伝える確率を高く見積もっている」ということになります。
元々の正直度の見積もりが低い場合について考えてみます。
例えば、中国でまた新たな感染症が流行って、中国政府が感染者の数を1万人と発表したとします。
また同時に、中国で15位の知名度を持つ有名人が感染していることが伝えられたとします。
さて、みなさんは中国政府の発表を信用できるでしょうか?
この場合、元々中国政府の正直度を低く見積もっている人は、「実際は中国政府は嘘をついていて、感染者はもっといるはずだ」と思いやすいでしょう。
ここで、「中国政府を信用していない人はどんな発表でも信じないんじゃないか」と考える人がいるかもしれません。
でも、仮に中国政府が「感染者は7億人だ」と発表していて、また有名人も半分ぐらい感染しているという場合、それは中国政府の発表を疑う根拠になりにくいですよね。
そもそも、有名人と一般人は何が違うのか、というところに遡って考えてみましょう。
重要な違いは、「感染していたとしたら、その事実を隠蔽しにくい」という点*3です。
だから、志村けん(という有名人の一人)が感染していたという事実は、元々政府をあまり信用していない人にとっては、「政府は本当のことを言っている」というシナリオよりも、「政府は嘘を言っていて、感染者数はもっと多いが隠蔽されていて、有名人については隠しきれないので情報が出てきている」というシナリオが説得力を持つ根拠になるのです。
宇宙人の荒唐無稽な例と現実との間には、他にも重要な違いがあります。
そのひとつは、「コロナウイルス感染はランダムなくじではない」という当たり前の事実です。
志村けんさんは夜遊びが好きだということです。
夜遊びというのは、まあ普通に考えると接客する女性との濃厚接触がある場でしょうね。
そういう場では、接客する女性は他のいろいろな男性とも濃厚接触しているわけです。
そういうわけで、志村けんさんのケースは「芸能人の財力で有料ガチャに重課金していた人が超レアキャラを引き当てた」という程度に納得感のあるものではないでしょうか。
というわけで、例の哲学者の人が
- この病気は誰でも平等にかかるものだ
- 政府は感染者数を隠蔽しているかもしれない
- 政府は有名人の感染については隠蔽できないだろう
という前提を持っているのであれば、志村けんさんの感染によって彼が「政府は感染者数を隠蔽しているんだろう」という確信を深めるのは、確率の考え方としては、完全に理にかなったことです。
有効な反論は、それらの前提に対する
- 志村けんは特別に感染確率が高かったんだろう
- 政府が感染者数を隠蔽するなんて無理だろう
- その気になれば有名人の感染も隠蔽できるだろう
といったものです。
「確率の考え方がおかしい」と思った人は反省してください(上から目線)。
考えるきっかけになったのはこの一連のツイートです。
たとえば小惑星衝突直前、地球脱出船に日本人から1人だけ乗船できることになって、厳正なる抽選の結果、1億2千万人から偶然日本一の大富豪が選ばれました、と発表されたら、
— asaokitan (@asaokitan) 2020年3月27日
みんな「厳正なる抽選なんかしてないのでは?」と考えるはずで、「日本一の大富豪が偶然選ばれる確率も、3丁目の田中さんが偶然選ばれる確率も同じだから、なんの不思議もない」という主張はあまり説得力を持てないよね。
— asaokitan (@asaokitan) 2020年3月27日
だから、結局、こういうのはもともとある他の信念次第で、オルタナティブな説明にどのくらい説得力があるかが決まるので、閉じた確率の問題にはなってないんじゃないの、と思う。この理解でいいのかな。
— asaokitan (@asaokitan) 2020年3月27日
「こういうのはもともとある他の信念次第で、オルタナティブな説明にどのくらい説得力があるかが決まる」というのが本質を突いていると思います。
例えば、志村けんさんの家に隕石が落ちた、という話であれば、それがいくらありえなさそうに思えても、まあ偶然でしょ、という話になると思います。
それは、我々が知る宇宙というのが、有名人を選んで隕石が落ちてくるようなものではなく、また隕石が落ちてくる頻度について政府が偽っているということも考えにくいからです。
でも仮に、ホワイトハウス・習近平主席の住居・安倍総理の住居、という順番に隕石が落ちてきたとしたら、宇宙人から電波か何かでメッセージが届いていないか調べてみてもいいかもしれません。
いくら「宇宙人が意図的に隕石を落としている」というシナリオに説得力がなくても、その状況ではそのシナリオの説得力がぐんと上がることになるので。
新型コロナウイルスについては、これまでにも次のような記事を書いていますので、こちらもよろしくお願いします。