インフルに対する意識を改めるな
この記事の変なブコメに星が集まってるので書く。
インフルと変わらん派だった人、正直に手を上げて~b.hatena.ne.jp逆にインフルに対する意識を改めた。予防接種や薬がないと、こんな風なんだって。数々のワクチンを作ってくれた先人に感謝したい。
2020/04/06 11:58
「予防接種や薬がないと、こんな風」だって?
何を言っているんだ?
「予防接種」「薬」のうち、まず「薬」から。
とりあえず、インフルエンザの薬ができたのがいつか覚えているだろうか。
年齢層の高いはてなーなら覚えているだろう。
タミフルが日本で保険適応されるようになったのが2001年だ。
じゃあ、それまでインフルエンザは恐ろしい病気だったか?
これも年齢層が高いはてなーなら覚えているはずだが、そんなことはない。
そもそも、インフルエンザ薬の効果は「発熱の期間を1〜2日短くすること」だ。
ちゃんとした医療機関のページならどこにでも書いてある。
【必読!】当院のインフルエンザ治療について。とくにイナビル、ゾフルーザなど1回投与のもの|こだま小児科
インフルエンザの薬の効果は、発熱の期間が1~2日(24~48時間)短くなることです。それ以上の効果、つまり肺炎やインフルエンザ脳症を予防する効果は証明されていません。
発熱の期間が1〜2日短くなるのは、それはそれでいいことだけど(ぼくもこの前インフルエンザBにかかってイナビルを吸入した)、どう考えてもインフルエンザの恐ろしさに大きく関わるようなものじゃない。
で、予防接種。
日本の65歳以上のインフルエンザワクチン接種率は(ちょうどタミフル保険適応と同時期の)2001年の予防接種法改正で上がったのだが、その直前シーズン(2000年〜2001年)の接種率推計は17.1%だ。
わが国におけるインフルエンザワクチン接種率の推計 (PDF)
次のシーズンで34.2%*1と急増している。
じゃあ、ここで何かが大きく変わったか?
平均寿命がガクッと非連続に上がったか?
これも、年齢層の高いはてなーなら覚えているはずだが、そんなことはない。
平均寿命は連続的にじりじり上がっている。
インフルエンザワクチン接種率の向上は、そのじりじり上昇にわずかに寄与しているかもしれないが、その程度だ。
インフルエンザの薬もワクチンもインフルエンザの恐ろしさにほとんど影響を与えていない、とすると答えはひとつ。
「インフルエンザは元々大した病気じゃない」ということ。
「でもインフルエンザの年間死者数は云々」という人がいるかもしれない。
ここで、ぼくの得意なSF的思考実験を考えてみる。
「その人が元々死ぬ運命だった日の2週間前に発病して謎の死を遂げる病気」ができたとする。
「元々死ぬ運命だった日」というのはデスノート的概念で、この病気(X病とする)がなかったら交通事故なり別の病気なりで死んでいたはずという日だ。
それらの死がなくなり、すべての死はX病による死になる。
統計上、「X病による死」の数は年間死者数と同じ、つまり137万人とかになる。
さて、この病気は人類と決して共存できない病気だろうか?
もちろん、そうではない。
人類は2週間寿命が短くなっただけで、普通にこれまで同様の生活を続けることができる。
ここで言いたいのは、「X病=インフルエンザ」ということではなく(こういう予防線を張っておかないとバカが文句をつける)、年間死者数は病気の恐ろしさのいい指標ではないということ。
インフルエンザは、高齢者や持病のある人といった、余命の少ない人を主に殺す。
それはもちろん、防げるのであれば防げたほうが望ましいのだが、「人類と共存できない」ほどではない。
なぜなら、人類は不死ではないからだ。
インフルエンザで死ななくても、別の理由でそのうち死ぬ。
(もし人類が基本的に不死だったら、インフルエンザ程度の死亡率でも大騒ぎになるだろう)
ここで、だいたいの人は「あれ? 新型コロナもそんな感じで高齢者や持病のある人が主に死ぬんじゃなかったっけ?」と脊髄反射したところだろう。
「ファスト&スロー」で言うところの「システム1」だ。
しかし、脊髄反射を抑えて冷静に(「システム2で」)考えれば、これまで十分新型コロナの恐ろしさの情報は出ていて、みんなもそれに接している、ということを思い出せるはずだ。
2割弱の患者では、肺炎の症状が増強し入院に至ることがあります
約5%の症例で集中治療が必要になりICUに入室し、2-3%の事例で致命的になりうるとされています。
つまり、新型コロナは医療リソースを大量に消費し、それが尽きると重症患者の死亡率が上がるということだ。
存在を無視していれば、指数的に患者が増えるとともに医療リソースがあっという間になくなり、死亡率は5%を超える。
これがイタリアやスペインで起こったことで、みんな知っていることだ。
いくら死者が高齢者・基礎疾患のある人が中心といっても、新型コロナがほぼ全員に広がり、その5%が死ぬとなったら、社会は大変なことになる。
短期間で数十万人の死者が出て、死体置き場に困り、火葬も追いつかないようになる。
年齢層の高い政治家などもどんどん穴が空き、日本で言えば高齢化率の高い農業も大ダメージを受けるだろう。
ちなみに、日本でのインフルエンザ感染者の致死率は0.001%で、70歳以上の高齢者では0.03%だそうだ*2。
I.C.T. Monthly No. 162 (PDF)
そろそろ、「じゃあスペイン風邪は? あれもインフルエンザだったよね?」という意見が出てくるころだろう。
簡単に言うと、「あれは恐ろしいインフルエンザだった」ということ。
致死率が2.5%もあったのに加えて、死亡者のほとんどが65歳未満だった。
つまり、インフルエンザには恐ろしいものもあればそうでもないものもあり、いつもの季節性のはそんなに恐ろしくないやつ。
以上。
では、なぜこんな簡単なことがみんなわからなくなっているのか。
特に、2000年以前に物心がついていた人なら、普通であれば引っかかるはずがないようなことなのに。
それは、今の状況と関係があると思う。
今は新型コロナとの戦いで先が見えない状態で、みんな希望を持ちたいんじゃないだろうか。
そこで、「我々は過去インフルエンザという恐ろしい敵と戦ったが、今では薬やワクチンによってそれを手なずけている」という希望の持てるストーリーに飛びつくわけだ。
問題は、それが真実ではないということだが。
新型コロナの恐ろしさは、季節性インフルエンザの比ではない。
この事実にきちんと向き合わないといけない。
だからこそ、台湾や韓国ではあんなに血眼になって帰国者を隔離したり感染者を追跡したりしていた/しているわけだ。
日本も、今からでも何としてでも抑え込まないといけない。
「希望の持てるストーリー」については、アリババが公開している新型コロナウイルス感染症対策ハンドブックの前文はどうだろうか。
アリババは新型コロナ対策集を公開 広がるオープンイノベーション:日経ビジネス電子版
これは未曽有の闘いで、世界中の人類は「新型コロナウイルス」という共通の敵と闘っていま す。この戦争の最前線は医療現場で、その兵士は医療従事者です。
…
今回のパンデミックは、グローバル化された人類が共に立ち向かう戦いです。今こそ、この戦いに勝利するために、リソースや経験、また得られた知見を分け隔てなく共有しなければならないと考えています。パンデミックを抑えるのは互いを避けることではなく、協力し合うことだからです。
この戦いは始まったばかりです。
事実に基づいて正しく恐れ、事実に基づいて正しく希望を持とう。