MK2さんの いい文章読んだ に紹介されていたので、どれだけ読みやすい文章なのか期待して見に行った。
結果、5回ぐらい読み直した。
何回読んでも、文が脳の上をすべっていく感覚で、頭に入ってこない。
もちろん、この文章が悪文だというつもりはなく。
多数派の人間にとって「いい文章」となるものが、一部の人間にとっては何度読んでもよくわからないものになるという現象が興味深かったので、自分なりに頑張って解読して、わかる人にそれを添削してもらいたいと思った。
まず、第一のポイント。
控え室のドアノブに手をかけた時、ふと隣の控え室が気になった。
簡易的な控え室…。
そこで思考をとめれば良かった。
この筒抜け具合、声の主が廊下ではなく隣の部屋にいたとしてもおかしくない。
その考えが、全ての間違いだった。
物音一つ聞こえないその部屋のドアに貼られた紙。
その貼り紙には「水道橋博士様」と書かれていた。
ここは、3回目ぐらいでわかってきて、間違いはないと思うけれど、一応確認。
- 筆者は声の主が廊下にいると思っていた。
- 声の筒抜け具合から、それに加えて隣の(水道橋博士の)部屋という可能性もあると思った。
- その考えは、後で間違いだったとわかる。
次に、第二のポイント。
「あのCMいいよね」
博士さんが続けておっしゃった「あの『忙しくて』っていうやつ」という言葉に、確信した。
からかわれている。と。
- 筆者は、水道橋博士が悪口を言った可能性があると思っていた。
- その場合、水道橋博士は筆者にその悪口が聞こえているということを知っている。
- 水道橋博士が「忙しくて」という悪口の中で使われたものと同じ表現を使うことで、彼は筆者に対する「当てこすり」の効果を狙うことができる。
- よって、1 の可能性は補強される。
三番目。
「あのさ、控え室の外の声、お前の控え室に丸聞こえだったんだよな」
「うん」
「てことは隣の控え室だった博士さんの控え室にも、丸聞こえだよな」
人に言われて初めて我に返ってハッとした。
- 水道橋博士には、筆者の怒っている声も聞こえていた(この点は後でより明らかな形で示される)。
- よって、水道橋博士が「忙しくて」という言い回しを使った背景として、「当てこすり」のほかに「フォロー」という可能性が出てくる。
四番目。
あのな、本番直前のスタジオってな、スタッフみんな出演者の声聞こえてるんだよ。そんなの博士さんなら当たり前に分かってることなんだよ。スタッフ全員いる所でわざわざその話題を出してくれて、自分はそのCMいいと思ってるって言ってくれたんだよ。
- 本番直前のスタジオでは、スタッフ全員に出演者の声が聞こえる。
- 水道橋博士が「フォロー」として発言をしたとすると、それは悪口を言った人にも聞こえ、「あなたはそう思うかもしれないが、私はそう思わない」というメッセージを伝えることができる。
- よって、水道橋博士の発言が「フォロー」である可能性が上がる。
五番目。
キッドさん二人がどれだけ妬まれて、どれだけいじめられてきたかなんて、芸人ならみんっな知ってるよ!痛みを知ってる博士さんがさ、二十歳の子供捕まえてチクチクやるかよ。
六番目。
かわいそうねよしよしなんて人前でやるかよ。優しさってさ、押し付けるもんじゃないんだよ。たけしさんの側で生きてきた人が、そんな無粋なことするか!
- 水道橋博士はたけしさんのそばで生きてきた人である。
- たけしさんのそばで生きてきた人は、無粋なことはしない。
- 優しさを押しつけることは無粋なことである。
- よって、水道橋博士が筆者をフォローしようと思うと、直接的に慰めるような行為は「優しさを押しつけること」で、それは「無粋なこと」なので、たけしさんのそばで生きてきた水道橋博士にはその選択肢は取れない。
- よって、水道橋博士に筆者をフォローする気持ちがあった場合、その表現方法は直接的なものにならず、上で述べられているような間接的なものになる。
- よって、水道橋博士の発言が「フォロー」であった可能性が上がる。
ふぅ。
書くうちに整理できたので、結果的に添削はいらなかったかもしれない。
大きなポイントは「キッドさん二人」が「水道橋博士」を含むということを知らなかったということ(書いているうちに調べて知った)だが、それを除いても、「書いて整理する」ということの効果は大きかった。
まあ、多くの人が普通に解釈できることでも、書いて整理しないとわからない人間もいるということで。