なぜマイクロソフトに入ったのか

グーグルを辞めて古巣のマイクロソフトに戻った James Whittaker さんのブログを翻訳してみました。最後の一言が気に入ったので。

グーグルからマイクロソフトに転職することはそんなに珍しいことじゃない、と指摘するだけでは説明として十分じゃないんだろうと思うので、もう少し詳しく説明するよ。細かいことはいいという人のために用意した短いバージョンは次のとおりだ。「ぼくの考えでは、モバイルやウェブで起こっているいろいろなことは壊れていて、ますます壊れる方向に進んでいる。ユーザーはプライバシーに対する攻撃を受けていて、アイデンティティや個人情報に対するコントロールを失いつつある。個人開発者にとっては、ウェブを前に進めるために必要なデータやサービスが壁に囲い込まれてしまっている。この問題を解くには、さまざまな知的な資質や、技術的・情報的な資産、そしてソフトウェア開発者に対する包括的な態度が必要だ。ぼくの意見では、マイクロソフトはそのような努力をリードするにの最も適した会社の中の一つだ。」

うん、わかっている。君たちのコメントで、この説明に疑いを持っているということはよくわかった。だから、長いバージョンを書くよ。

大企業はクールじゃない。どうしてまた別の大企業に行くんだ?

スタートアップとやらは二回やったよ。一回はメイン開発者として、もう一回は創立者として。教授を10年やったこともあるし、研究やコンサルティングにもだいぶ時間を使ったよ。若いころは、FBIのシスアドをやったこともある。大企業以外の選択肢も知った上で、大企業を選んだんだ。

もちろん、そういう人はぼくだけじゃない。そうでなければ、大企業というものは今みたいにたくさんないだろうし、今みたいに大きいこともないだろう。でも、「大企業はクールじゃないし、イノベーションなんて起こせない」というヒステリックな声にみんな同調している。個人的には、大企業というものは自分たちがクールかどうかなんて気にするべきじゃないと思う。中年のおっさんがバーでうろうろして、20代の女の子をナンパしようとしていたら、それはクールっていうんじゃない。情けないっていうんだ。大企業が、その歴史にふさわしい行動を取るのをぼくは尊敬する。歴史には尊厳がある。大きさの中には矜持がある。

会社は、何らかの理由があるから大きくなるものだ。会社はまず、ビジョン・アイデア・才能・イノベーション・成功・投資・実行といった原始のスープの中から現れてくる。このスープを煮続け、会社は大きくなり、そして大きくあり続ける。レシピを間違えて、大企業がそれをこぼしてしまうこともある。こぼれた結果、今最も成功している会社の多くが、鍋が空だと思われてしまったことがある。もしその気があれば、スターバックスをおごってくれたら、アップルに関する話でもするよ。

大企業を批判したければ、いくらでもすればいい。名前で批判しても、評判で批判しても、うわさで批判してもいい。批評家が批判するからという理由で批判してもいい。批判するのがクールだと思うから批判するというのでもいい。10年も前にどうでもよくなったような理由で批判してもいい。匿名の安全さに隠れて批判すればいい。どんどん批判してくれ。ただ、君が大企業に才能を持つ人がいないと信じるなら、それは危険な思い込みだ。

それは本当に勘違いしやすいところだ。大企業には、才能のある人があふれている。それだけでも、大企業で働く理由になる。頭のいい人たちに囲まれていたいと思わないやつなんているか? だから、スタートアップは大企業から才能のある人を引き抜こうとあんなに頑張っているんだ。だから、大企業はトップクラスの人材をめぐって綱引きをしているんだ。みんなそういう人がほしいからね。マイクロソフトはDECやIBMなどなどの人材に支えられて成長したし、その次はマイクロソフトがグーグルの成長やアップルの再興を支え、次にはそれらの会社がツイッターフェイスブックのための供給源となっている。新しいスタートアップがどこから人材を調達しているか、もうわかるよね。じゃあ、この人材供給チェーンの出発点になっているIBMはどうなっているかって? もう何も残っていない? そんなことはない。賢いエンジニアにぶつからないでIBMのホールを歩くなんてできないよ。人材は逆方向にも流れるんだ。

でも、大企業が持っている財産は人材だけじゃない。頭がいいというのは大きくなるための必要条件だが、一度大きくなったら、小さいライバルには持てないような新しい武器を収容するための二つの翼がある。一つ目はスケールだ。大企業は大きな問題に取り組む。二つ目はリーチだ。大企業は地球の隅々までソリューションを届ける。もし、頭のいい人たちと地球規模の問題についての仕事をしたいなら、君が行くべき場所は大企業だ。

このスケールとリーチということを考えると、大企業というのは大きな産業分野や、複数の産業さえも破壊することができる。これこそが、大企業であるということが意味する本当のポイントだ。大規模産業破壊の能力。マイクロソフトがPCの生態系を破壊し、グーグルがウェブを破壊し、アマゾンが小売を破壊し、アップルがモバイルを破壊し…これらの破壊は未来の流れを変えた。そして、本当に面白いのは、これらの大企業ならどれでも、頭脳・スケール・リーチの三本柱のおかげで、もう一度その破壊を起こすことができるということなんだ。

君が信じないというだけでは、それを止めることはできない。

わかったよ。でも、どの大企業がいいんだ?

これは、大企業に対する自分の好みにすぎない。他の条件がすべて同じなら、多くの人は福利厚生がいいところに行くかもしれない。ぼくの考えでは、福利厚生にあんまり重点を置きすぎるのは間違いだ。会社が昼ご飯を出してくれるというのと、自分で食べに行くお金をくれるというのは、結局同じことだ。共用の場所がおもちゃだらけで、まるでパリス・ヒルトンの子供部屋みたいに見えるかどうかなんて、どうでもいいことだ。そんなにおもちゃがあってもパリスはどっちにしてもかんしゃくを起こすし、自分の仕事が好きじゃなくなった時におもちゃが幸せにしてくれるわけじゃない。福利厚生というのはマジシャンのトリックみたいなもので、賢い人は見破れるが、凡人はそれに群がる。フェイスブックにキッチンがあるからといって、彼らがアップルより賢いことにはならない。仕事をもっと楽しみたいって? もっといい仕事を見つけるんだな。

結局、そういうことなんだ。情熱を持てる仕事を見つけろ。それから、その仕事のことを重要だと考え、君のことを一員として受け入れたいと思っていて、産業を破壊できる位置にある会社を見つけるんだ。

情熱、重要さ、破壊する能力。偉大な仕事というのはこれらからできている。この三つを見つけたら、自然と一生懸命働き、仕事をまた始められるために夜が早く過ぎ去ることを望んでいるようになっているだろう。それだけ仕事が一日の思考回路の一部になり、息もつかずにそれを求めるようになれば、そのことを「いい時間」と呼べるだろう。その経験が終われば、そのことを「栄光の日々」と思い出すことができるだろう。誰でも、いい時間やすばらしい記憶でいっぱいの仕事をしたいに決まっている。ハイになれるだけで副作用のないクスリみたいなものだ。

世界を変えたいというような情熱を見つけたら、次の一歩はそれを共有できる会社を見つけることだ。今の世界に絡め取られた会社は除いたほうがいい。今の状態から来る現金にどっぷり漬かっているような会社は、世界を前に進めるようなアイデアにはあんまり興味を持ってくれないだろう。

それで、マイクロソフトはぴったりの大企業なのか?

自分がやりたいことを考えると、多くのテクノロジー系大企業を選択肢から外すことになるけど、全部じゃない。ぼくの考えではマイクロソフトは、産業破壊者になるのにちょうどいい知的財産・プロダクト部門の優位・技術的財産のセットを持っている。彼らは収入の流れや壁に囲まれた庭の恩恵を受けていない。そのようなものの破壊から利益を得ようと立ち上がっている。

それじゃ、ぼくの決断の底にあるものに行こう。

なぜマイクロソフトか? ぼくの情熱と、彼らが破壊にかける能力と望みに完全に合っているからだ。ぼくが働きたいと思っているある問題が、会社がトップレベルの人材をつぎ込んでいる重点事項だからだ。
なぜマイクロソフトか? ほとんどの大きな競争相手はその破壊を望んでいないからだ。もし現状からお金を得ているなら、そのせいで動きはゆっくりになったり、止まってしまったりする。
なぜマイクロソフトか? 彼らはぼくに貢献してほしいと言ったのではなく、ぼくにリードしてほしいと言ってくれたからだ。
なぜマイクロソフトか? ぼくがモバイルでネットを使う人に会って、ぼくがやっていることを教えて、それがどういう経験をもたらしてくれるかを話すと、みんな今すぐそれをほしいって言ってくれるからだ。開発者に自分が作っているものを言うたびに、みんなAPISDK今すぐほしいと言うんだ。急いでくれと言ってくれる人がいるというのは、今やっていることが重要だということのいい兆候だ。

マイクロソフトはこれをやるのにぴったりの会社だと思うし、仕事を始めて 7週間で見えてきたもののことを好きになっている。2006年に入った時は、会社はWindowsとOfficeを中心に回っていた。今ではレドモンドには新しい大通りができていて、Xboxチームのスタジオがいくつもあるんだ。オフィスじゃなくてスタジオだよ。この変化は象徴的だし、それ以上にも意味がある。WindowsとOfficeは犠牲になったというわけではまったくなく、明らかに遺伝子組換えのようなことが行われていた。まだ彼らがやったことを完全に把握できてはいないけど、その魔術は否定できない。Bingは、グーグルが大改編の後一年たってもまだ手間取っている、開発とテストを組み合わせた「複合エンジニアリング」というものを成し遂げた。それだけじゃなく、毎日変化に気づき続けている。データが揃ったら、このブログにビフォー・アフターのポストを書くよ。

マイクロソフトにはまだ問題があるか? ある。彼らに雇われるようになったから、それを指摘するのを避けるようになるかって? ノーだ。マイクロソフトにはまだ改善できるところがある。会議は多すぎるし時間もかかりすぎる。マネージャーたちにはみんなコーディングをしてほしいとぼくが言ったとき、反応はあんまりぱっとしなかった。まだある。今、欠点のリストを作っているところだ。

マイクロソフトについて本当にいいと思うことは、鏡を目の前に差し出したらそれを見てくれるということだ。少しの時間があれば、鏡の中から見返してくる像も変わるだろう。