韓国の漢字
韓国の漢字教育が「失敗」した理由という記事がちょっと話題になっていた。
かなりツッコミどころの多い記事だが、それはちょっと置いておいて、まず「韓国での漢字の実情」のようなものを書いてみたいと思う。
ぼくは韓国語がそれなりにできるし、Twitter で韓国人をフォローしたりもしている。
そういうわけで、たまに日本人が韓国人に「漢字がなくて不便じゃないの?」と質問しているのを見ることもある。
結論からいうと、まったく困っていないというのが彼らの答え。
彼らからしてみると、どうして日本人がそういう疑問を持つのかというのが逆に疑問なぐらいだ。
漢字のない韓国語は平仮名だけの日本語と同じ?
漢字がないというと、日本語をオール平仮名で書いたようなものを思い浮かべる人が多いようだ。
だが、韓国語と日本語ではだいぶ事情が違う。
主な要因を二つ挙げる。
同音異義語の多寡
一番大きな要因はこれだろう。
つまり、日本人が考えるほど、韓国語は同音異義語だらけじゃないということ。
有名な例として、「嫌韓流」で同音異義語の例として出ている「壮観」「創刊」「送還」「総監」「相関」がある。
日本語ではこれらはすべて「そうかん」だが、韓国語ではそれぞれ jang-gwan, chang-gan, song-hwan, chong-gam, sang-gwan と別の音になる。
このページの例も面白い。「大辞林 第二版」に掲載された 45個の「こうしょう」が、中国語と韓国語でどれだけ区別できるかということが書いてある。
声調のある中国語でほぼ完全に区別できるのは予想できるところだが、韓国語でも 34種類に分かれている。日本語は、旧仮名でも 10種類。
これは日本語の同音異義語をもとに比べたもので、逆に韓国語で同音だが日本語では違うというものもあるが、大きな傾向として数の違いがある。
文字の対応
日本語では、漢字の読み*1を仮名にすると 1〜3 文字になる。たとえば「吸収」は「きゅうしゅう」と 6 文字。
韓国語では、漢字とハングルは常に一対一対応する。「吸収」*2なら「흡수」。2 文字の漢字熟語は、必ず 2文字のハングルになる。
上に挙げた同音異義語の少なさもあるので、韓国語話者は漢字がなくてもハングルの文字と意味を直接関連づけることができる。
いい例として、韓国で「유전무죄 무전유죄(有錢無罪 無錢有罪)」、つまり「金があれば無罪になり、金がなければ有罪になる」という表現が流行したということがある。
"유(有)", "무(無)", "전(錢)", "죄(罪)" が韓国語話者にとって意味を持った要素として存在するということがわかるエピソードだ*3。
韓国語での漢字の使用実態
それで、韓国語の中で漢字はどれだけ使われているのか。
ほぼゼロに近い。
一冊の本を読んで、漢字が一文字も出てこないというのはごく普通にある。
それで意味が取れるということだ。
たまに漢字が出てくることもある。
デスノートの韓国語版を読んでいて、"사인(死因)" というのが出てきた。
これは「サイン」と読むのだが、外来語の「サイン」と紛らわしいので漢字を添えたのだろう。
(特に「死因を書く」という文脈では)
もっとも、このようなものは数少ない例外だ。
元記事について
元の朝鮮日報の記事に戻ると、この記事の言っていることはシッチャカメッチャカだ。
適当に突っ込んでおく。
子供が発音から「旅館」の「旅」を「女」と間違え、その説明が難しい
韓国語で両方とも「ヨ」のような音になるから、ということだろうが、「旅」を構成要素に持つ熟語は多くある。「旅行(ヨヘン)のヨだよ」と言えばいいところだ。
「更迭」の意味がわからない人がいる
そんなの日本にだっていっぱいいるだろう。さらに言えば、「迭」なんて普段ほかのところで見ない文字だから、漢字から意味を推測できるわけでもない。
「弊害」「決済」「類例」などのハングルの書き方を間違える
ハングルで書くからハングルを間違えるのであって、漢字で書いたら漢字を間違えるだけのことだろう。
日本人だって同音異義語(開放・解放など)をちゃんと書き分けられているわけではない。
書籍では比較的しっかりしているが、それを言ったらハングルも書籍ではそんなに乱れていない。
古典が読めない、中国や日本との交流が困難に
もともと古典なんて誰も読んでいないじゃないか。日本人だって読んでいないだろう。旧漢字とか言う前に、そもそも普通に読めるはずの 1960年代・70年代の本を読んだことがあるという人がどれだけいるのか(もちろんネットでアクティブな人は読んでいるかもしれないが)。
読みたい人がいたら、読みながら勉強したらいいだけのことだ。韓国人が漢字交じりのハングルを読むのも、日本人が旧仮名旧漢字を読むのも、慣れたら別に難しくはない。
日本語や中国語にしても、韓国人は問題なく覚えている。特に日本語は共通する漢字の語彙が多いので、日本語を覚えると同時に韓国語の漢字を再認識するということもよくある。
(人格教育はあえてスルーした。何をか言わんや、だ)
「体罰」の範囲がわからない
お前は何を(ry
韓国語を話す人にとっては、"체벌(體罰)" の "체(體)" が "육체(肉體)" の "체(體)" であることは三尺の童子でも(この表現は韓国語によく出てくる)わかることだ。
それに、漢字を使う日本でも、「どこからどこまでが体罰か」なんて全然はっきりしていない。
「陣痛」と「鎮痛」の区別ができない
両方とも「ジントン」のような音になるから、「陣痛」を「痛み」、「鎮痛剤」を「痛みの薬」みたいな意識でとらえてしまうということだろうか。
まあ、そういうことはあるだろう。
韓国語では「充電」と「充填」が同音なので区別されないというようなこともある。
ただ、それで不便なのかというと、特にそういうことはない。
個人的には、韓国での漢字教育に反対だというわけではない。
漢字を知っていたほうが韓国語の理解が深まるところは確かにある。
ただ、漢字推進の「根拠」にわけのわからないことを持ち出すのがよくない。
どうしてこういうことになるかというと、それは「朝鮮日報」という新聞の立ち位置によるところが大きい。
朝鮮日報は韓国の中ではかなり漢字積極使用派で、この記事もいわゆるポジショントークだ。
自分の主張のためなら「人格教育」などと怪しげなものを持ち出してくるのは、右翼や左翼、漢字派・ハングル派を問わないんだろう。